三池崇史監督が3年以上にわたって、十三代目市川團十郎白猿襲名披露・八代目市川新之助初舞台を記録した映画『襲名』は、第83回ヴェネチア国際映画祭の【アウト・オブ・コンペティション部門】に選出された注目作です。2020年に予定されていた披露目は、コロナ禍によって約2年半延期。2022年に実現した襲名披露までの道のりを追いながら、歌舞伎の伝統だけでなく、父と息子がそれぞれの名を受け継いでいく姿を映し出します。
公開を前に、市川團十郎さんと市川新之助さんにインタビュー。前編では、襲名という大きな節目を迎えたふたりが、それぞれ何を感じ、受け継いできたのかを伺いました。

コロナ禍による襲名延期を経てより価値のある記録に
——完成した映画をご覧になって、どんなことを感じましたか?
市川團十郎(以下、團十郎):團十郎の襲名は、歌舞伎の行事として執り行う予定だったものが、コロナということで2年半延びました。
歌舞伎にはいろんな記録の残し方があります。昔は写真が中心でしたが、いちばん古い映像には九代目市川團十郎と五代目尾上菊五郎が出演した『紅葉狩』があります。襲名を映画で撮るというのは、たぶん初めてのことだったと思います。
その初めての形をやってみようということで、この映画は始まりました。本来なら撮影は1年ちょっとで終わっていたところが、コロナ禍で3年数カ月かかってしまった。
新之助も、襲名が発表された時は5〜6歳だったのが、2022年の披露目では9歳になった。映像を見ても、明らかに成長があります。
コロナ禍ではいろんなもので苦しめられたと思いますけれど、記録に残すという点では意味があったと思います。
新之助としての初舞台で上演された『外郎売』。
——実際に襲名披露公演を迎えたとき、お客様の熱気はどのように感じていらっしゃいましたか?
團十郎:それを感じている余裕がないのが、正直なところでした。
襲名とは「乗り越えるもの」なのです。父・十二代目團十郎襲名の折、二代目尾上松緑のおじ様がよくおっしゃっていました。
「襲名というものは、お祭りの神輿みたいなもんだ。周りが担いでるんだから、君は乗っかっておけ」と。
無理しちゃいけない。周りが支えるのだから無事に行きなさい、ということです。
私も「ここでもっとよくなったら」とは思わないようにしました。
襲名は長期にわたります。11月、12月は歌舞伎座、1月はまた新しいプログラムで、それから福岡、京都、名古屋、大阪と続いていった。
お客様の熱気はもちろん感じますけど、だからどうするというところまでの余裕はなくて、とにかく続けることが大切でした。
市川新之助(以下、新之助):僕も、自分の舞台で精いっぱいだったので、あまりそういうことは気にしていなかったと思います。
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