王墓で圧倒された古代文明の豊穣
「エジプトについた初日、夜行列車でカイロからルクソールへ。ルクソールでは、歴代ファラオたちの墓がある王家の谷や、貴族の墓、職人の墓などの墳墓を中心に巡りました。ナイル川流域で、紀元前3000年ころから約3000年続いたエジプト文明は圧倒的に高度で豊かです。
ほぼ同時期にあたる日本の縄文時代中期の出土品と比較すると、墳墓や副葬品の質と量が桁違い。ひとつの墓から博物館ができるほどの出土品があります」
スソさん撮影の、王家の谷にあるラムセス5世・6世の玄室の写真を見ると、その広さと見事さに驚かされます。当時のエジプトの宇宙観が描かれた壁に刻まれたレリーフや天井の緻密な絵は、いまなお色鮮やか。
「どれだけの人が、どれだけの時間をかけて作ったのかと考えると、この芸術のように美しい仕事は、権力者から一方的に強いられたものではないように感じました。王墓から出土された、精緻なビーズによる装飾品や、透けるように薄い金細工などは現代では再現が難しいのではと思うほど。
たとえば、ピラミッドの造成も奴隷ではなく報酬の支払われる労働者が担ったそうです。石板に記された象形文字から、賃金の代わりに食料やビールが現物支給され、休暇も取れる労働環境だったことがあきらかになっています」
古代エジプトの都テーベの墳墓群を訪ねて「ルクソール」へ
ナイル川の中流域にあるルクソールは、かつてテーベと呼ばれ、紀元前2000年ころから栄えた。王・王妃、貴族、職人の墓地があり、死者の都(ネクロポリス)とも言われる。

「王家の谷」にある「ラムセス5 世・6 世」王墓の玄室。中央にあるのはラムセス6 世の石棺。玄室の壁にはオシリス神の復活を表した「大地の書」が、天井には太陽と星の運行を描いた「昼の書」「夜の書」が、いまも壮麗な美しさをとどめている。

岩山を深く掘り進むような「王家の谷」の案内図。墳墓は64 基におよび、その複雑さはアリの巣にも例えられる。

「貴族の墓」。農業に関わる役人「貴族メンナの墓」の壁画は、牛を働かせている様子が。

王家の谷や王妃の谷などの墓の造営に関わった職人が生活していた集合住宅の跡。徒歩約30分で王家の谷まで行ける。

「職人の墓」の壁画に描かれた、アヌビス神が亡くなった人(墓の主)のミイラ=マミィを作っている様子。当時の人は死んだらミイラになり、そのあと生き返ることを信じていたと言われている。「このような壁画が描かれるお墓は、職人といっても、エリート層だったのではないでしょうか」(スソさん)





