日本でも新刊が続々と発売され、注目を集めている韓国の女性作家による、韓国の女性を描いた文学作品。その背景を「男性優位の日常や社会に対して声を上げた、幅広い世代の作品が、国を超えて女性読者をエンパワーメントしている」と、韓日翻訳者・小山内園子さんは語ります。
家族や家庭を日々ケアするために心を尽くし、そのことに、多くの時間を過ごしてきた女性たちが、ひとりの「私」として、自分を見つめるきっかけとなる文学とは?
小山内さんにそうした作品の魅力の在あり処か と、いまだからおすすめの選書を伺いました。【前編】
役割から少し離れて「私」という人生を見つめ直すための物語
小山内さんには翻訳だけでなく、NHKラジオでの講座「カルチャーラジオ 文学の時間」を書籍化した『〈弱さ〉から読み解く韓国現代文学』という著作があります。出版社のサイトによれば「〈弱さ〉とは、自らの意志とは関係なく選択肢を奪われた状態のこと」。小山内さんは、そうした状況を生きる人々を描く作品群を韓国現代文学の大きなうねりとして捉え、歴史や社会の周縁に存在した人々の物語を幅広く取り上げています。
登場人物は、1980年代の韓国の民主化運動で命を落とした若者であり、LGBTQの当事者であり、経済的な困窮者であり、親に運命を左右される子どもであり―、そして「家父長制」が色濃く残る韓国社会で、男性や家族をケアする立場に身を置くことを求められてきた女性たちです。
今回、小山内さんにお願いした選書のテーマは、さまざまな経験を経てきた素敵世代の女性が、ひとりの「私」に向き合うための物語。韓国とは国民性や社会システムは違えども、日本もいまだに男性優位の社会であることに変わりなく、そのなかで生きてきた女性が抱く思いには同じ根っこがありそうです。
「選んだ8冊の本には、実は裏テーマがあります。女性は家族のなかでさまざまな役割がありますよね。娘、嫁、妻、母、祖母、時には家長。読者の方がそれらの立場や役割から離れて『私』とはなんだろうと考えてみるには、自分に近い誰かを見つけられる作品がよいのではと思いました。それは主人公だけでなく、周囲の誰かかもしれない。もしかしたら、知っている人に似ている誰かも出てくるかもしれません。
心を寄せやすいキャラクターを発見できると、物語がぐっと自分に近づいてきます。そして、フィクションのなかで似たような問題を抱えている登場人物と出会うと、自分の状況を客観視できるので、心の風通しがよくなります」
韓国の女性作家たちの視線は、これまでの文学作品には描かれてこなかった女性に託される家庭での絶え間ない労働や、そこから澱のように溜まっていく心の重荷を見逃しません。チェサ=祭祀と呼ばれる行事や、毎日の食事の献立、子育てや介護の多岐にわたるケアや情報処理の数々。彼女たちの作品は、社会や文化に埋もれていた女性への差別を、「目に見える現実」として解き放つ役目を担ったとも言えるでしょう。
「40代の女性作家のなかには、上の世代の男性作家から『もっとスケールの大きな世界を』と言われた人もいます。でも、自分にとっては祖母や母が体験したこと、語られてこなかったことこそが重要なテーマだからと、書き続けているんです。女性作家には、これまで語られなかっ
たことを言語化していこうという強い意志を特に感じます」
もともと韓国には、言葉にして伝えることで問題を解決していく気運があると言われます。2024年末、突然、「非常戒厳」を宣布した前大統領への抗議デモの広がりも、その一環なのかもしれません(※)。
「フェミニズム文学がさかんに刊行されたことでもわかるように、韓国には『問題を言語化できる人は社会に向けて発信して責任を果たすべきだ』という倫理観が昔からあります。つまり、韓国の女性作家たちには、『言わなくてはいけないことがある』という意識があるんですね。彼女たちの書く物語が、自分から声を上げられなかった人に届き、読者が広がっていく。それが韓国文学の潮流になり、社会にコミットして変化を推し進める力にもなっていきます」
※ ) 韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)前大統領は2024 年12 月、非常戒厳を宣布。これが内乱首謀罪にあたるとして、のちに逮捕・起訴された。
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