「直球を投げられる関係になった」——幼なじみであり、互いの“道しるべ”である二人

右近 歌舞伎俳優はみんな仲間ですけれども、隼人さんとは子どもの頃に家が近所で、幼なじみなんです。付き合いが長くあり、そのうえで役者として置かれた立場があります。
二人ともいつか脚光を浴びたいという気持ちを持ってやってきました。隼人さんがこういうことをやったなら、自分はこういうことをやってみよう、といった具合に、互いを意識してきたところもあると思います。
ありがたいことに、今はやるべきことも大きくなってきました。そのなかで、役者としても人間としても、素直に正直になれるようになってきた気がします。隼人さんも、同じ歩幅でそうなっていると感じています。
脚光を浴びたいなら、そう言えばいい。有名になりたいなら、有名になりたいと言えばいい。そういう気持ちを変化球で伝えたりしないと照れくさい、という部分が人間にはあると思うんですが、そうした気持ちを直球で投げられる時期が来た。
それは、お互いに感じているのではないでしょうか。
10月に自主公演「研の會」のファイナル公演を終えたのですが、千穐楽に隼人さんが観に来てくれたんです。そのときにも、本当にありがとうという言葉を、まっすぐ目を見て伝えてくれる関係になったことが、とてもうれしかったですね。

隼人 ケンケン(右近さんの愛称)が言っているとおりだと思います。僕から見ると、右近くんは直球を投げるように見えて、大事なときにはすごい変化球を出してきたりする。逆に僕は、変化球でいくように見えて、肝心なことになるとまっすぐ伝える。そのあたりは、昔から変わっていない気がします。
「研の會」のファイナル公演の千穐楽では、右近くんのお母さまから「ありがとうね」と声をかけていただきました。
僕と右近くんの家は、本当に歩いて5分くらいの距離でした。僕が初めて認識した同世代の歌舞伎役者も、右近くんだったと思います。僕は初舞台が遅かったのですが、その頃から、右近くんと歌舞伎の将来や、自分たちがどうなっていくのかということをいろいろ話した思い出があります。
僕たちはどういう道に進むのか、誰にもわからなかった時期のある二人です。自分たちも悩んでいましたし、そこから経験を重ねてきました。
右近くんは高校も一緒でしたが、一つ年上です。同世代のなかでも、右近くんがいろいろな役を早くから勤めることを、うらやましく思うこともありましたし、一方で先に走らなければいけないという辛さや大変さも感じていました。
そうした思いを抱えながら成長して、今では一つ一つの言動や行動、舞台を勤めることが大きな意味を持つ世代、立場になってきたと思います。
悩むことはたくさんあります。でも、右近くんが隣にいてくれること、そして先に走ってくれることによって、自分もこの道を進んでいこうと思える。僕にとっては、道しるべのような存在でもあります。
これからも、「ありがとう」と「ごめんね」を面と向かって言い続けられる関係でいたいですね。
右近 うん。本当にそのとおりです。
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