これまでのシニア層とはセンスも価値観も大きく異なるいまの60代。“新しい大人世代”としてどうありたいか、日々修行中のイラストレーター植草桂子さんのエッセイ。
今回は「ペットロス」のお話です。

家族として一緒に暮らしているペットが亡くなるのは、本当に辛いもの。ことによると寿命を全うして親が亡くなるよりも悲しく思うことがある。人間より短い命。わかっているはずなのに、
愛しくて仕方ない分、受け入れるのが難しいペットの死……“ペットロス”。私の周りにも愛すべき小さな家族を失って、悲しみから抜け出せない友人が何人もいる。
老衰でその命が尽きるのは、ある程度覚悟ができるものだけど、ペットの場合はいくら年を取っても幼い子どものような存在なので、どうしようもない悲しみが残ってしまうのだ。
私も今年に入って、16歳のプードルを看取った。最期の夜、「おかーさーん」(たぶん言っていた)と呼ぶので添い寝をすると落ち着き、様子を見て仕事に戻ると「おかーさーん」とまた私を呼ぶ。呼吸が荒くなって喘ぐ声と私を呼ぶ声が明らかに違う。「大丈夫、ずっとここにいるからね」と力尽きるまで横で寄り添った。あの子は最期の最後まで私に甘え尽くして逝った。つくづく愛おしいと思う。私があげた愛情を全て受け取って、それを返していってくれた。こんなに愛された私は本当に幸せだと思う。
実はペットを看取るのは5匹目。とはいえ、慣れるものではなく毎回同じように辛く悲しい。ただしその都度、私があげたものよりも看取ったコたちに貰ったもののほうが多いことに気づかされる。そしてそれが胸の中の悲しみを癒やして、彼らに感謝をおぼえる。だから私はおかげさまで小さな家族の大きな死を乗り越えて、ペットロスにならずに済んでいる。
どうかペットロスに苦しむ皆様、ゆっくりでいいから愛された自分を褒めてあげてくださいね。それだけ動物の命を愛せたのだもの。あのコたちがくれたものは、悲しみじゃなくて宝物なんだと思うわ。
イラスト・文/植草桂子
※素敵なあの人2026年10月号「植草桂子の気分だけでも大人修行 vol.36」より
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