これまでのシニア層とはセンスも価値観も大きく異なるいまの60代。“新しい大人世代”としてどうありたいか、日々修行中のイラストレーター植草桂子さんのエッセイ。
今回は「小さな努力」のお話です。

60代からは、よい意味で性別も若さも無視できる自由な時間だと思う。人としての良識を持ち合わせていれば、男女差など関係ない。どうあがいたって若くないのだから、若さの呪縛からも解放される。なんて素敵な世界なんだろう!
……のはずだったのだが。
自由を得たオバサンが野放しにされると、良識は主観的なマイルールになり、風情はオジサン化が進む。要するに厚かましくて小汚いオバサンになり得るということだ。まずいじゃないか、それ。
若いときはなにに対しても欲というエネルギーがある。若さという推進力が手伝って自覚なしにも前進することができた。いまとなってはそのエネルギーも低下気味で、意識して多少の努力をしないと停滞や後退までしてしまう。結構大変な世代になったことに気づく。
ことによると顔を洗うとき以外に鏡を見ず、老眼も手伝って気がついたら眉毛がボサボサなんてこともある私だ。これは後退というか退行というか。
小さいことでいい。毎日こまめに鏡を見るとか。身の回りを小ぎれいにしておくとか。そのほうが小ざっぱりできる。この“小”という控えめな接頭語がなんとも小気味よい。強引じゃなくちょっとゆるい感じ。これから先は、小さい努力をして小じゃれた時間を過ごしたい。それが素敵な世界の扉の鍵かも。
イラスト・文/植草桂子
※素敵なあの人2026年5月号「植草桂子の気分だけでも大人修行 vol.31」より
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