アートの感動は時間をかけて熟成される
美術作品を受け取る側に立って、課題を共有し作品に活用する視点が国際芸術祭には必要とされます。観光として訪れる鑑賞者だけでなく、開催地の人に芸術に触れてもらうことも主眼のひとつなのです。
「美術館で展示される作品=評価が確立した作品として、それぞれ静かに向き合いましょうという環境が、これまでは共有されていたと思います。でも、国際芸術祭になると、地元の人にとっても慣れ親しんだ風景のなかに巨大な作品が出現したりして、地域の協力が不可欠です。アーティストも初めての土地で作品を展示し、制作すると『そこに住む人たちにも喜んでももらいたい。彼らの思いを自分の作品を通じて発信したい』、そんな思いが表現となってあらわれてきます。私自身も『自分の生まれ育った町が違う景色に見えてきた』『こんな面白い見方ができるんだ』という声を実際に聞いたりしました。専門的な美術教育をポンと飛び越えて、人と人との関係からより『生きた表現』としてのアートに触れることができるんですね」
名古さんが考える、意義のある芸術祭とは「規模の大小を問わず、その地域の風景や自然が持ってる背景や歴史のなかにその作品がある理由がきちんと考えられている」こと。
「優れたアートには、ひとつの作品の中にいろんなテーマが内在しています。だから、伝わるまでにすごく時間がかかるものでもある。20年前に見たあの作品をふと思い出して自分なりの解釈が生まれたり、子どものころは『怖いな』と思っていた作品も人生経験を積むことでしみじみ深い感動を得られるものになったり。瞬間的に圧倒される作品もあるんですが、長い時間をかけて心に効いてくるのが、アートの複雑さであり濃密なところだと思います」
開催地に光を当ててその価値を共有する
日本のビエンナーレ、トリエンナーレには開催地の人だけでなく、鑑賞に訪れる人も巻き込み“アートの敷居を下げる”役割を果たす芸術祭も多いようです。
「ベネッセアートサイト直島と香川県を中心に構想された瀬戸内国際芸術祭もそのひとつだと感じてます。3年に1度開催される芸術祭によって、瀬戸内に住む人たちの意識とアートは強く結びついている。アートを『正しく見なければ、理解しなければ』というプレッシャーを感じる人もいるかもしれませんが、そもそもアートに『正解』はありません。その意味でも、芸術祭は人々にとってアートが“自分ごと”になるきっかけとなり得る。家族や友人と出かけて『なに見える?』『なにでできてるんだろうね』といった些細な会話から、自分が感じられなかった、ほかの人の視点を知ることもできるはず。そうしたコミュニケーションを重ねることで、より自分らしく作品を楽しめたり、お互いをより深く知ることにもつながるのではないでしょうか」
最後に、地域全体が会場になる国際的芸術祭を楽しむための秘訣を名古さんに伺うと……。
「まずは芸術祭の公式サイトに目を通して、自分が気になる展示を発見しましょう。その作品のエリアを中心に、なにを見るかを調べていくと見てまわるコースも設定しやすくなります。作品選びのポイントとしては、芸術祭の展示には常設が含まれることもあるので、開催時期にしか見られない作品を優先するのもいいですね。また、広いエリアをすべてまわろうとすると大変です。『全部見ないと損!』とスタンプラリーのようにまわるのではなく、芸術祭では自分が心動かされた作品と丁寧に対峙することをより大切にしてほしいと思います。アートには心を揺り動かす圧倒的なパワーがあります。鑑賞した後に、誰かと語り合うなど気持ちを整理できる時間のゆとりがあると、思い出深い芸術祭を巡る旅になるのではないでしょうか」
構成・文/杉村道子
※素敵なあの人2025年10月号「好奇心の扉 現代美術を見に行こう!国際芸術祭の歩き方」より
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